諏訪太鼓について

諏訪太鼓のいわれ

諏訪太鼓は、その名のとおり長野県諏訪地方で人々の信仰を集めている諏訪大社の太々神楽、鼓舞の伝承であり,中世戦国の世には、武田信玄がその勇壮な音色を軍楽として活用することを考え、諏訪太鼓21人衆(7人を一組とした3組21人)による太鼓演奏隊を編成して、兵士の士気を鼓舞するために打ち鳴らしたことでも有名です。
すなわち「諏訪太鼓」は、諏訪大社を中心とした奉納太鼓、それに農村の信仰による田園の樂、さらに軍楽が加わり現代に伝わったものです。

四日市と諏訪太鼓

四日市諏訪太鼓としては、鎌倉時代の初め、源頼朝がその家人を、全国の守護・地頭に任じましたが、その一人、北勢四郡の寺護・加藤判官景廉が建仁2年(1202年)に、「諏訪神社」を四日市に勧請し、太鼓若衆により、神楽太鼓として奉納したのがはじまりと言われています。
江戸時代以降、四日市の祭礼は、奉納太鼓よりむしろ華麗な山車が中心となっておりましたが、昭和20年6月(1945年)の戦災で山車の大半を焼失した後、ふたたびその存在が見直され、今や夏の大四日市まつりの花形として市民に親しまれております。
現在では、子供だけのチームをはじめ世代を超えた幅広い層の、約40チーム・1000名その伝統の火が引き継がれており年々大きな炎となって継承されております。

諏訪太鼓の特色

太鼓は古より神仏の住居として考えられており日本人の心・魂と言われ日本の風土から生まれたのが和太鼓です。
また、太鼓の音は赤ちゃんがはじめて聞く音である母親の心音・鼓動にたとえられる本能の音楽ともいわれております。
諏訪太鼓の特色は、本来リズム楽器である太鼓を大小様々な音色の異なった太鼓と拍子木、鉦、銅鑼、鉄筒、法螺貝、笛などの楽器を集めた、オーケストラ方式による独創的な複式複打法組太鼓方式にあります。
(多種多様の太鼓からなる太鼓編成を複式二人以上の打ち手を要する場合を複打と言う)

地域に根ざした活動

●四日市諏訪太鼓振興会での活動

四日市市の諏訪太鼓チーム33団体が所属する、諏訪太鼓の振興を目的とする組織に当チームも加盟しています。
夏の大四日市まつりをはじめとする地域のまつりにおいて、振興会所属の各チームが参加して行う“合同演奏”では、中心的なチームの一つとして、参画を行っています。
また、昨年の5月に開催された“四日市太鼓フェスティバル”では、実行委員会の立ち上げから、企画・会場設営や舞台進行など、当チームが主体的に取り組み、成功裏に終了することができました。

●ボランティア活動

地域の老人ホームや医療機関への慰問といったボランティア活動については、過去から積極的に取り組んできています。
また、平成22年1月より、三重県立特別支援学校 西日野にじ学園へ諏訪太鼓の指導を定期的に行ってきました。
同年7月31日には、第33回全国高等学校総合文化祭の特別支援学校部門に“西日野にじ学園”が出場し、準リージョンプラザでの舞台発表において、指導を行った“勇駒”が披露され、ホールいっぱいに元気な演奏がこだましました。

近鉄百貨店四日市店の社員を中心とした諏訪太鼓チームのホームページです